”Peter and Alice” を観て

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人気児童小説、ルイス・キャロル作の『不思議の国のアリス』とJMバリー作『ピーター・パン』創作にあたって、それぞれのモデルとなった実在のアリス・ハーグリーヴズ(旧姓・リデル)とピーター・ルゥエリン・デイヴィス。いくら児童文学のヒロイン・ヒーローのモデルと言われている人物であっても、当たり前の話だが生きてる限りは一般人と同じように不幸は降りかかってくるという、家族の死や戦争体験など影の部分に、この芝居は重点を置いている。

生きていく救いとして、自分は小説の主人公であったのだという『夢の世界に自分を置くことを選んだ』アリスと、それを拒否したピーターという対比をここでは描いているが、ピーターは、『いつも仲良く一緒に成長した僕たち兄弟ではあったけど、彼らも今では誰かの夫となり父となり…』『自分もピーター・パンのように空を飛べるような錯覚に陥ったことがある』といった幼き頃の思い出を吐露しているように、出来るなら夢見る子供のままでいたかった…という思いが誰よりも強かったのではないか。

と、同時に自分とは全く正反対のキャラクターを持つ快活な別の兄弟が、本当はピーター・パンのモデルであったのではないかという疑いから、両親が早死にした後、親がわりとして、兄弟の誰よりも自分を愛してくれてると思いたいバリーおじさん(JMバリー)、そして『ピーター・パン』に対する愛憎の念が湧き上がっていく。そんな思いから『成長しないピーター・パンなんてナンセンス。自分は成長した大人なのだ。』と言って、表向きだけでも譲らなかったのだろう。

無残な戦争体験で精神を病み、兄の戦死、弟の自殺など、現実を直視できずに酒に逃げ、家庭をかえりみないばかりか、子供への虐待などを繰り返しているらしいピーター。出版社を営んではいるものの、そのスポンサーはバリーおじさん。結局のところ、彼はバリーおじさんの影に支えられて生きるのみで、人間として成長したと言い難い…可哀想な言い方であるが彼自身が、ある意味ピーター・パンそのもの。

ベンは、神経がピリピリして、いつどうにかなってもおかしくないピーターを指の先まで演じきっていたし、デンチさんも今では家族に見向きされず寂しくつつましい生活の中で『自分はアリスであった』ということに救いを見出し何とか気丈に生きてる老女像を、こちらに有無を言わせぬ威厳をもって表現していたが、ストーリー自体は『実在のピーターとアリス』の人生の『特殊性』においての突っ込みが足らず(悲惨な戦争体験など無い私が何を言う!ですが)、彼らに対する、ルイス・キャロルとJMバリーとの関係も想像の範囲からは出ているとは言い難い。

現在でもその末裔がいるとされる、過去の実在人物を想定して書くという難しさ。裏づけのないことを勝手な想像では書けなかったであろう、脚本家ジョン・ローガン氏のジレンマが見え隠れしてる気がしてならない。

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